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沖縄の歴史と出会う護国寺観光の魅力とおすすめコース

沖縄の那覇市には「護国寺」という、沖縄で最古のお寺があります。沖縄で「寺」というと、ちょっと違和感を覚える方もおられると思いますが、れっきとした高野山真言宗のお寺です。

今回は、沖縄の歴史と出会う護国寺観光の魅力とおすすめのコースをご紹介します。

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波上山三光院護国寺

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護国寺は、那覇の中心地にある国際通りから歩いても15分ほどで行けるところにあります。

山号は波上山(はじょうざん)、院号は三光院(さんこういん)で、別名、「波の上の寺」ともいいます。

1368(貞治7)年に創建され、開山は薩摩より来琉した頼重法印(らいじゅうほういん)です。

当時の琉球王国、察度王(さっとおう)の時代、真言宗の布教のために隣接する波上宮という神社の別当寺として建立され、以来、王家の祈願寺となりました。

その察度王の息子、武寧王(ぶねいおう)から琉球王国最後の王・尚泰王(しょうたいおう)まで、王が即位する際は家来数百名とともに参詣したといわれています。

現在では初詣の寺としても知られ、毎年お正月には多くの参拝客で賑わうほか、日頃も参拝客のお参りが絶えません。

沖縄の護国寺観光のポイント

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護国寺は本堂、納骨堂、書院(講堂)、庫裡、山門がありますが、太平洋戦争末期の沖縄戦により、山門以外はすべて焼失しました。

その後、1947年ころから徐々に再建され、また、護摩堂の新設ともに山門も建て替えられました。

ご本尊は聖観世音菩薩で、1952年、兵庫県の月輪寺より寄贈されたもので、鎌倉時代(建久年間)の作と伝えられています。

同じく鎌倉時代の作といわれる阿弥陀如来、大日如来、弘法大師、不動明王、釈迦如来、阿弥陀如来、文殊菩薩、普賢菩薩、虚空蔵菩薩、勢至菩薩など、いずれの像も素晴らしい作りです。

また、1874年、日本軍最初の海外派兵「台湾出兵」のきっかけとなった「台湾遭害者之墓」があります。

台湾出兵は、1871年、宮古島の貢納船が遭難して台湾に漂着した際、原住民によって乗組員54人が殺害され、その犯罪捜査のためでした。

さらに、キリスト教布教のため8年間滞在した英国人宣教師ベッテルハイムの住居址の石碑、そのベッテルハイムから牛痘種痘を学び、琉球で初めて行ったとされる医師、仲地紀仁の石碑があります。

このほか、太平洋戦争で疎開中の船「対馬丸」が爆撃されて亡くなった、約700名の児童の霊を祀る「対馬丸記念館」と慰霊碑「小桜の塔」があります。

護国寺へのアクセス:那覇空港から沖縄都市モノレール(ゆいレール)利用の場合、「旭橋駅」で下車し、徒歩約15分。または、路線バス利用の場合、「西武門バス停」で下車し、徒歩約3分。車利用の場合、那覇空港から約10分。

沖縄の護国寺周辺のおすすめコース

海とシーサー

この護国寺を観光する際、周辺にある史跡などを巡るおすすめのコースをご紹介します。

天尊廟地

護国寺の敷地内には「天尊廟地」(てんそんびょうち)があります。

廟地には、正面に天尊廟、右側に関帝廟、左側に龍王殿を配されています。これらの廟も沖縄戦で焼失しましたが、1975年に再興されました。

「天尊廟」は、現世の邪悪を滅して民を助ける「九天応元雷声普化天尊」という道教の神を祀っているところです。

「関帝廟」は、『三国志』で有名な蜀(しょく)の将軍・関羽(かんう)が祀られています。彼の死後、「武神」とされるだけでなく、商売繁盛の神にもされています。

「龍王殿」は、龍王を祀った祠で、以前は仲三重城にありましたが、上天妃宮に移されました。天に上り雨を降らせる力を持つ、仏教で仏法を護持する八武衆の一人とされています。

この廟地には、航海安全の守護神である媽祖(まそ)を祀っている「天妃宮」(てんぴぐう)もあります。

この天妃とは皇帝から送られた媽祖の称号で、中国や東南アジアの人々に今も信仰されており天后とも称され、大交易時代の航海の安全祈る場所でした。

琉球王府の時代は「上天妃宮」「下天妃宮」と2つありましたが、明治時代以降、学校用地となり、天妃宮は天尊廟に遷されました。しかし、ここも沖縄戦で焼失し、同じく1975年に、天尊廟地で復興されました。

波上宮

シーサー画像

護国寺から海側に進むと崖の上に「波上宮(なみのうえぐう)」という神社があります。

那覇港を望む高台の上に位置し、「なんみんさん」として地元民から親しまれ、また、敷地一帯が「波上(なんみん)」として、那覇市より史跡・名勝文化財に指定されました。

創建の年代は不詳ですが、沖縄では古来より海のはるかかなたに存在する海神の国「ニライカナイ」の神々に、海の安全や豊漁・豊穣を祈願してきました。その祈りの聖地のひとつがこの崖だったそうです。

やがて琉球王国が成立し、国府から特別扱いを受けた8つの神社(琉球八社)が真言宗寺院に併置されたと考えられることから、波上宮も護国寺が開山した時期に創建されたのではないかと考えられています。

その後、琉球国王が毎年正月に列を整え参拝し、国家の平安と繁栄を祈るなど、「琉球王国第一の神社」と尊崇されてきました。護国寺と同様に、ここも沖縄戦により被災し、戦後、本殿と拝殿が再建されました。

拝殿の両側には狛犬ではなく、沖縄らしくシーサーが見守り、本殿の屋根には赤瓦が敷かれています。

なお、琉球八社は、波上宮のほか、沖宮、識名宮、末吉宮、安里八幡宮、天久宮(以上、那覇市)、普天満宮(宜野湾市)、金武宮(金武町)をいいます。

久米至聖廟

「久米至聖廟(くめしせいびょう)」は、護国寺から徒歩数分の那覇市久米にある日本最南端の孔子廟で、孔子のほかに四配(顔子、子思、曾子、孟子)の像が祀られています。

「久米」という地は、14世紀末、中国の明時代、現在の中国福建省から、明の洪武帝から琉球王国に下賜された学者や航海士などの職能集団が住み始めたところです。

その後、同地から渡来してきた人などを久米三十六姓(くめさんじゅうろくせい)といいます。

彼らは中国と琉球王国間の外交、貿易に従事し、多くの政治家、学者等を輩出しました。

17世紀初め、琉球国王・尚貞王(しょうていおう)の治世には、現在の那覇市泉崎で至聖廟が建立され、以来、長く続いてきましたが、やはり沖縄戦で焼失し、再建されました。

福州園

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久米至聖廟の隣には、中国式庭園の「福州園」(ふくしゅうえん)があります。

ここも、久米至聖廟と同様、福建省に関係し、同省の福州市と那覇市の友好都市締結10周年と、那覇市市制70周年を記念して、1992年に完成しました。

園内は、明・穏・華の三部空間で構成され、季節を感じさせる樹木や草花があり、四季折々の景観とともに、中国の伝統を兼ね備えた独特の建築物が楽しめ、異国情緒にあふれています。

久米至聖廟・福州園へのアクセス:那覇空港から、車利用の場合、約15分。ゆいレール利用の場合、「県庁前駅」で下車し、徒歩約10分。路線バス利用の場合、「久米孔子廟前バス停」で下車し、徒歩すぐ。

まとめ

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今回の「沖縄の歴史と出会う護国寺観光の魅力とおすすめコース」はいかがでしたでしょうか。

沖縄の那覇市にある、「波の上の寺」ともいわれる真言宗のお寺「護国寺」。

その建立の経緯などから歴史背景に触れると、すぐそばにある「波上宮」がかかわっていること、また、同じ敷地にある天尊廟地にある廟の由来のこと、さらには、久米至聖廟や福州園といった、長く深い琉球王国と中国との関係などがわかってきます。

今回ご紹介したなかで、「沖縄」というより、「琉球」の歴史に興味をもたれたものがありましたら、うれしい限りです。

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