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沖縄とアメリカがチャンプルーした個性的な町「コザ」に行ってみよう

琉球、日本、アメリカなど様々な文化が混ざりあい、チャンプルーした個性的な文化が魅力の沖縄。その沖縄の中でも、基地に近いという立地条件もあって、戦後、アメリカ文化の影響を強く受けた伝説の街「コザ」。

沖縄の地図に突如あらわれ、40年ほどで消えた歴史の浅い街でありながら、その間に培ったチャンプルー文化は、今なお、人々に受け継がれ、名前が変わった街にもその面影をしっかりと残しています。

そこで、今回は、地名がなくなった今でも、地元の人に愛され、「コザ」と呼ばれているエリアについてご紹介します。

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「コザ」ってどこにあるの?

「コザ」とは、戦後、沖縄本島中部に新しくできた市の名前。もともとは、「越來村=ごえくそん」と呼ばれ、人口7,000人ほど農村でした。

この小さな農村がコザと呼ばれるようになったのは、1945年4月 (昭和20年)。太平洋戦争終戦前の沖縄戦で上陸した米軍は、越來村の胡屋(ごや)に野戦病院や物資集積所などを開設。その際、印刷ミスで、ごやがコザと表記されたことをきかっけに、“キャンプ・コザ”と呼ばれるようになったのだそう。(諸説あり)

その後、元の越來村に戻るなどの紆余曲折があり、1956年(昭和31年)に「コザ市」として産声をあげました。隣接する嘉手納には米軍基地が建設され、米軍人を対象とした商業や娯楽サービスでコザは経済的に発展。当時、アメリカ本国がジャズの全盛期を迎えていたことから、ライブハウスが立ち並び、ジャズの街、音楽の街として賑わうようになりました。

1972年、沖縄は27年間の米軍統治から日本に復帰。その2年後の1974年、コザ市は美里村と合併して「沖縄市」となり、地図の上からはコザ市の名は消えることとなりました。

 

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コザってどんな街?

沖縄市と改名して、40年以上経ちますが、今なお、沖縄市の中心部は、コザの愛称で親しまれ、街には当時の様子をうかがい知ることのできる、沖縄とアメリカ、日本のチャンプルー文化が残っています。

現在、コザと呼ばれているエリアは、コザ十字路から胡屋地区、中の町地区あたり。特に、アメリカンな雰囲気が残っている場所は、嘉手納基地の第2ゲートから国道330号の胡屋十字路に抜ける通り。地図では“空港通り”と記載されている場所です。地元の人たちからは“コザゲート通り”と呼ばれ、今もこの通りを中心におよそ20カ国の人びとが集まる多国籍タウンになっています。

“コザゲート通り”は、沖縄でもアメリカでも、もちろん日本でもない、ゲイト通り独自のチャンプルー文化が溢れる場所。漢字の看板に交じって、英語表記の看板やネオンが目をひく異国情緒漂う街並みには、米兵の姿も多くみられ、立ち並ぶ外国人オーナーの店では、ドルの使用も可能です。

両替商もたくさんあり、ライブハウスでも、ドリンク代やチップ代をドルで支払うことができるんだそう。

また、アメリカの音楽文化の影響を受けながらも、民謡やオキナワンロックなど沖縄ならではの独自の音楽を生み出してきたコザの音楽文化は現在も継承され、ライブハウス・民謡酒場・楽器店・レコード店など、音楽関係のショップは200店舗ちかくあるといわれてます。

多国籍“コザ”グルメ

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コザのグルメも、多国籍で、バラエティ豊か。「Sideways(サイドウェイズ)」は、パルミラ通りにあるスポーツ&ミュージックバー。昼は日替わりランチがおいしいと評判の落ち着いたカフェ、夜には大画面スクリーンのスポーツ観戦で盛り上がるスポーツバーとなります。地元客にも外国人客にも人気のお店で、コザ初心者でも安心して楽しめるお店です。ランチ 11:00~15:00。バー17:00~0:00。日・祝定休。

50年以上の歴史のある老舗「チャーリー多幸寿」。沖縄で最初のタコス専門店です。もっちりとしたソフトシェルにたっぷりの具材をはさみ、島唐辛子を使った特製サルサソースが味のアクセントになっています。そのおいしさは米軍兵も虜にし、噂が噂をよんで、今では“コザ名物”になっています。オリジナルタコスはビーフ、チキン、ツナの3種類。11:00~21:00。木曜定休。

こちらもコザで50年以上続くメキシコ料理の老舗「メキシカンハウス レストラン リマ」。具を包んだトルティーヤにソースをかけて焼いた「インチラーダ」や「メキシカンライス」などのほか、ステーキ、シーフード、中華など多国籍なメニューも楽しめます。ランチタイムは毎日750円という破格の安さで、バイキングをやっていて、タコス、沖縄料理、洋食など多彩なメニューが食べ放題。ランチ11:30~14:30。ディナー18:00~22:00。

コザグルメはスイーツも多彩。「ゴヤケーキ」は、ペルー生まれの日系2世、呉屋さんのお店。看板メニューのふわふわシフォンケーキは、呉屋さんの第2の故郷、ペルーのオレンジケーキからヒントを得て作ったもの。「家族、友人、みんなで食べたくなる美味しい手作りケーキ」を目指し、天然素材にこだわって作られるゴヤケーキは、地元の定番ケーキとして地元の人たちに愛され続けています。オレンジ、バナナ、抹茶、黒糖、チョコレートなど9種類の味がラインナップ。月曜日~土曜日9:00~20:00、日曜日9:00~19:00。

日本最初のショッピングセンター「PLAZA HOUSE」

「PLAZA HOUSE=プラザハウス」は、アメリカの統治下だった1954年に誕生した日本で最初のショッピングセンター。現在も、 典型的なアメリカ型モールの姿を残しています。

モール内には、パリやミラノなどヨーロッパのファッションやアクセサリーを直輸入する「ロージャース」、アジアンテイストの雑貨やファッションが集めた「アキュート」、プラザハウス設立時から続く60年以上の歴史を持つ沖縄初の本格広東料理レストラン「月苑飯店」など、個性豊かな約40店舗が並び、ショッピングや食事を楽しめます。10:00~20:00。不定休。

コザのもうひとつの顔“エイサー”タウン

アメリカ文化の影響を受けたチャンプルー文化だけが「コザ」の魅力ではなく、沖縄の伝統文化“エイサー”が熱い町としても有名。

毎年旧盆明けの最初の週末、3日間にわたって行われる「沖縄全島エイサーまつり」は、1956年の「コザ市誕生」を機にスタート。しかし、アメリカ政府による「オフ・リミッツ=米軍人やその家族が民間地域へ出入りすることを禁ずる規制」が布かれたことで、米軍基地の影響をうけ発展してきたコザの商業が大ダメージを受けました。

落ち込んだ街の活気を取り戻そうと、起爆剤として市民が選んだのは、沖縄伝統の太鼓踊り「エイサー」でした。エイサーは、お盆の時期、現世に戻ってくる祖先の霊を送迎するために踊られてきた沖縄伝統の踊り。

そのエイサーで“元気を取り戻そう!”とはじまった「沖縄全島エイサーまつり」は、今では、沖縄全島から約50団体が参加し、30万人以上を動員する沖縄市の夏の一大イベントへと成長しました。

祭りの見どころは、市街地を練り歩く“道じゅねー”。チャンプルー文化を残す町並みに、力強い太鼓の音色、大きな掛け声、小気味よい指笛が鳴り響き、コザの夏を大いに盛り上げます。

コザタウン情報は「コザインフォメーションセンター」で!

コザ初心者の強い味方になってくれるのは、街案内やイベント情報を発信している「コザインフォメーションセンター」。コザの街ネタ情報が集約されているので、わからないことがあれば、ここで聞けば、なんでも教えてもらえます。

また、約1時間ほどかけてコザの街を散策する「夕暮れのコザ街歩き」やチョイ飲みまち歩き「コザのあめりか物語」など、ガイド付きのまち歩きプランもあるので、参加してみるものおすすめです。

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